>>321
これも人それぞれの信仰のあり方によると思いますが、

阿弥陀如来は無量の光明により十方世界の衆生を照らし、
無量の寿命によって衆生が極楽に往生してくることをお待ちになっている。
今生において本願に出会えず往生浄土出来なくても、
次生において本願に本願に出会えれば等しく往生を遂げれば同じこと。
どうせ等しく往生するのであれば今生において往生しましょう。
そして阿弥陀如来に対する「信」を持っている人もそうでない人も、
無量の光と無量の寿命をお持ちの阿弥陀如来にとってはどちらも同じこと。
という信仰を私は持っています。

また「この世がそのまま浄土である」という信仰を持つ人を否定することはありませんし、
キリスト教など他宗教に対する信仰をお持ちの方ともそれぞれの信仰を尊重する限り、
普通に話し合いが出来ると思っています。