>>638
修行が進んだ人でも繰り返し出てき得る重要な問題です
私も色々考えましたし感じてきましたが
自分に都合の良い答えは見つかっていません

一つ認識を新たにしてもらいたいのは
悟りを目指す初期の頃の仏教は阿羅漢養成学校であって
養成のために全てのことが回っているということです
ですから真偽が実際はよくわからないことであっても
どう言い切った方が生徒は解脱に心が向かうのか?
まあ極端ですがこういうロジックが働いています

実際には在家であろうが家族が居ようがなんだろうが
(心理的に)全てを捨て去って
自分一人のためだけに道を追求する人はいます
ですがそう言ってしまうと人間の心は弱いもので
自分の都合の良いように解釈して養成が上手くいかないんです

ですから真相は?真実は?
という視点にはあまり価値が置かれおらず
いかに考えさせないように 諦めるように誘導するか
ということに力点が置かれていると思って下さい

こういうと悪の組織のように思えますが
瞑想修行に打ち込めば それを補って余りある
真実と平穏という答えが得られます
その時には昔自分が抱えていた疑問や心配は
綺麗さっぱり気にならなくなっていることでしょう