0001(-_-)さん2023/01/24(火) 12:18:47.12ID:wEdu+Y6P0
30年以上にわたって自室に引きこもっていた。同居の両親とも関わりを避け、DVDや漫画を見続ける毎日。
苦手だった父が認知症になった。話しかけられることが増え、ストレスがたまっていく。
ある夜、うっぷんが爆発して電気コードを父の首に巻き付けた。その様子を母が後ろから見ていた――。
福岡市の住宅街にある自宅で、父親(当時88)と母親(同87)を殺害したとして、次男の被告(61)が起訴された。
昨年12月、裁判員裁判が福岡地裁で始まった。
大学を中退後、定職に就かずに実家で引きこもっていた被告。両親を殺害するまでに何があったのか。裁判でのやりとりから経緯をたどる。
12月14日の初公判。貸与された緑色の服を着て、裸足にサンダルを履いた被告は認否を問われ、「間違いないです」とはっきりした声で答えた。
https://www.asahi.com/sp/articles/ASR1K66XWQDVTIPE00P.html?iref=sp_new_news_list_n 0002(-_-)さん2023/01/24(火) 12:19:37.78ID:wEdu+Y6P0
大学中退を機に始まった単調な引きこもり生活
被告は、建設会社の社長だった父と、自宅で酒店を営む母の間に生まれた。
高校を卒業し、福岡県内の大学に進学。だが、授業の内容に興味が持てず、単位がとれなかった。
3年生になる前、両親に無断で中退した。
父は「家を出て行け」と激怒した。母は何も言わなかった。
弁護人「中退を伝えて父親が怒った時、どう思った」
被告「途方に暮れて、極力、父と顔を合わせないようにしようと思いました」
弁護人「一緒に暮らしていれば、顔を合わせざるをえないのでは」
被告「生活のサイクルをずらして、必要最低限にとどめようとしました」
被告はその後、会社に就職して営業の仕事を始めたが、半年で辞めた。
母の酒店を手伝うこともあったが、ほとんどの時間を2階の6畳和室に引きこもって過ごすようになった。
生活は単調に繰り返された。
朝5時に起き、両親と会わないよう炊飯器のスイッチを押した。
食材を冷蔵庫から出し、食事の準備をする。両親の食事が終わると後片付けをし、自分の食事をとった。
昼食も同じようにとり、それ以外はずっと自室で過ごした。布団に入るのは午後9時だった。
0003(-_-)さん2023/01/24(火) 12:20:33.61ID:wEdu+Y6P0
「仲のいい友達はいたか」の問いかけに
弁護人「部屋では何をしていたのか」
被告「アニメやDVD、漫画を見ていました」
弁護人「両親の食事の準備や片付けと、自分の食事がずれているのはなぜか」
被告「父と顔を合わせたくなかったからです」
弁護人「DVDや漫画を買うお金はどうしていたのか」
被告「最初は月に3万円のおこづかいをもらっていたが、徐々に減らされて最近は1万円くらいでした」
弁護人「35年間、ずっと変わらずその生活をしていたのか」
被告「ほぼ、そんな感じです」
弁護人「パソコンやスマホ、インターネットを使ったことは」
被告「ありません」
弁護人「友人と出かけることは」
被告「ありません」
弁護人「小学校から大学まで、仲のいい友達は」
被告「特にいませんでした」
外出は、母に頼まれた食材と自分のDVDや漫画を買いに行くときだけだった。
ただ、ずっと続くと思っていた引きこもり生活は、家族の加齢によって少しずつ変化していく。
2017年。アルコール依存症だった兄が老人ホームに入った。
母は18年ごろから、けがなどで入退院を繰り返し、外出時には車いすが必要になった。通院に付き添うこともあった。
20年、父に認知症の症状が出始めた。
自転車で銀行に出かけたことを忘れてタクシーで帰宅し、「取ってきてくれ」とせがまれたり、家の権利書をくまなく探すように命じられたり。母の入院中は、特に頼み事をされることが増えた。
0004(-_-)さん2023/01/24(火) 12:21:04.31ID:wEdu+Y6P0
初めて頼まれたトイレ介抱
そして事件当日を迎える。
21年6月20日午後6時。自室でDVDを見ていた。
1階の寝室から父に呼ばれ、トイレの介助を頼まれた。
初めてのことだった。体を抱き上げてトイレに連れていき、終わると寝室に戻した。1時間後にも同じように頼まれ、しぶしぶ介助した。
午後9時。布団に入ったところで、3度目の声が耳に飛び込んできた。
抱き上げようとすると、ベッドに座ったまま立ち上がれない。「バケツを持ってきてくれ」と頼んできた。
被告「バケツを頼まれて、その後のことが容易に想像できました」
弁護人「その後とは」
被告「父が用を足して、私がその後始末をしなければならないな、と。しかも1回じゃ済まず、何回もやらなければいけないんだなと」
弁護人「何回も、とはその日のうちにという意味か」
被告「その日だけじゃなく、明日、明後日、その後もと考えました」
弁護人「それだけのことが殺意につながるのか、疑問に感じる」
それまで淡々と答えていた被告が、考え込むように沈黙した。
被告「……大学中退の時に父と溝ができて、それ以降、苦手意識がありました」
「弱ってきた父が私を使うようになって、自分の時間が削られることが嫌でした」
「母の介護に手いっぱいで、これ以上、上乗せされたらたまらんなと感じました」
頼まれたバケツを取りに行くふりをして、居間の電気ポットからコードを取り外した。
戻ると、ベッドに腰掛ける父の首に巻き付けた。
父は「あっ」と小さな声を上げただけで、抵抗はしなかった。
数分間にわたって首を絞めていると、部屋のドア近くに立っている母に気づいた。「もう死んどるよ」。母は言った。
0005(-_-)さん2023/01/24(火) 12:21:31.65ID:wEdu+Y6P0
母殺害は「やり過ぎた」
被告は父の息がないことを確認し、隣に座ってきた母の首にコードを巻き付けた。
弁護人「母親に対しても苦手意識はあったか」
被告「それはありません」
弁護人「では、なぜ殺したのか」
被告「犯行現場を見られたというのが一番大きいですけど。あれはもう、完全にやり過ぎたと今は思います。ただ、あのときはブレーキが利かなかった」
母がぐったりとしたのを見届けると、2人を引きずり、酒店だった頃に使っていた高さ約2メートルの冷蔵ケースのそばに運んだ。
握力はほとんど無くなっていた。2人の首を絞めるために、強くコードを引っ張っていたからだ。
2人を体育座りのような格好にしてケースに押し込み、粘着テープで正面のガラス扉を目張りした。
3日後、家を出た。普通列車で兵庫、岩手、静岡、京都など8府県を転々とし、ホテルに泊まった。宿帳には本名と実家の住所を書いた。
弁護人「なぜ、遺体を冷蔵ケースに入れて、テープを貼ったのか」
被告「単純に、2人の死体を見たくなかったからです」
弁護人「全国を転々としたのは」
被告「結論の先送りです。できるだけ捕まるのを先延ばしにしたかった」
弁護人「各地のホテルで本名を書いたのは」
被告「日本の警察は優秀で、小細工をしてもいずれ捕まると思ったからです」
被告人質問の終盤。裁判長は一つだけ質問をした。
裁判長「亡くなった両親に、あなたが今していることはありますか」
被告「特にありません」
裁判長「手を合わせたりとか」
被告「していません」
裁判長「今後、やってみようとは思いませんか」
被告「そもそも、事件のことを思い出さないようにしているので……」
検察側は論告で、その日初めてトイレの介助を頼まれただけで父親を殺したと指摘。「長時間の介護による『介護疲れ』の事案とは全く異なり、極めて身勝手だ」と述べた。
母親も口封じのためだけに殺したとし、「冷酷で容赦のない犯行」として無期懲役を求刑した。
弁護側は、被告が起訴内容を認めていることなどを挙げ、懲役23年程度が相当だと主張した。
0007(-_-)さん2023/01/24(火) 12:22:20.48ID:wEdu+Y6P0
裁判長が語りかけたこととは
判決は23年1月6日にあった。裁判長は「強固な殺意に基づいて冷酷に両親を殺害していて悪質だ」と指摘し、懲役30年を言い渡した。
一方で、「父親との確執も被告のみに責任があるとは言えない」と、無期懲役ではなく有期刑の上限とした理由を述べた。
最後には被告に対し、こう語りかけた。
相当長い刑期になるが、考える時間はいっぱいある。
両親がどういった思いであなたを育ててきたのか、よく考えてもらいたい。
しんどそうなことから目を背けて、逃げ回るばかりでいいのか、よく考えてください。
裁判長の説諭を、被告はじっと前を見つめて聞いていた。
18日、被告は判決を不服として福岡高裁に控訴した。(中山直樹)
父が社長で母は酒屋やってて蓄えないのか?老人ホームに入れたらいいだろ
老人ホームなんて5年で2000万円飛ぶくらい高いし、そもそも何年待ちとか当たり前だしで現実的じゃない
0012(-_-)さん2023/01/24(火) 14:08:50.47ID:cuXQf0OZ0
こういう例をたたいて解決するのが日本社会よ
0013(-_-)さん2023/01/24(火) 15:38:53.81ID:NixecQd70
死刑囚として独房暮らしのがいいんでないかい?
30年母親としかしゃべったことないおっさんが
くせ者だらけの刑務所で30年も集団生活とか地獄だろう
0018(-_-)さん2023/01/24(火) 18:16:24.62ID:LbOrfNtV0
子供ガチャ失敗
0019(-_-)さん2023/01/24(火) 20:31:48.54ID:ZFRzQCEP0
ネット普及いぜんの80年代のヒキコモリは凄いと思う
だから、余りに暇で監禁とか適当にしに行ったのかもだけど
アル中だった兄が老人ホームに入った
ここがキーだと思う
0023(-_-)さん2023/01/25(水) 20:26:49.98ID:Vn1eCt+i0
≫苦手だった父が認知症になった。話しかけられることが増え、ストレスがたまっていく。
まじ脅威 はよ池
0024(-_-)さん2023/01/25(水) 21:52:25.97ID:si7W29aG0
ひでえ判決だなこれ
介護したことないだろ
まぢで便所が夜中ずっとだからな
しかも終わりが見えないしな
IQ高いから予測したんだろう