>>123
ありがとうございます
こちらの書き込みを見る直前に、「宝の持ち腐れ」と書かれた掛け軸の映像が一瞬浮かんできました
しかし、一瞬でその文字は掻き消されました
宝の持ち腐れではいけないということと、宝の持ち腐れで終わらせないという道の一歩を歩み始めたという表れだったのかもしれませんね

寺社までの道を一歩一歩を踏み締めてゆくという行為にも勿論意味はありますが、ただ歩くだけでなく、道中は木々のざわめきや小鳥の鳴き声、川の流れる音や信号機の音、車の音、草の匂いや道中の景色などに意識を向け、五感を研ぎ澄まし、心身と五感を鍛えるように意識をすると良いかなと思います
そうすると、御神域に足を踏み入れた瞬間、その寺社に鎮座される神仏の御神気を感じ、感じた御神気を真っ直ぐ受け取ることが出来ると思います
その状態で以前に書いた深呼吸を行うとより良いです
ある程度距離のある寺社への参拝に徒歩で向かうことで、電車や車での移動では見落としてしまうような素敵なカフェや心惹かれる寺社など新たな出会いに恵まれることもあると思います
これもある種の縁結びかと私は考えています
決して車や電車などで移動することが悪いだとかそういうことはありませんし、そういう意図で言ったことではありませんので、ご理解のほど宜しくお願い申し上げます