【犯行】――自供を中心に

 その時、大田の所持金は1万円を残すのみとなっていた。
「一人旅の女性なら誰でもいい。殺して金を奪おう。ついでにカラダも……」
腹を決めた大田の目にとまってしまったのが、一人で歩いていた被害者女性だった。
 長袖シャツにトレパン、スニーカー。リュックを背負いウエストポーチを腰に巻いていた。彼女はいつも、
こうした格好で出かけていたという。

 声をかけられ、彼女は気さくに応じた。並んで歩きながら、大田は旅行の目的や予定を聞き取る。
「地元の優しいおじさん」のような大田を、女性はまったく警戒しなかった。
大田は「話好きで、人のよさそうな女の子に見えた。『近道を教えてあげる』と言えばついてくると思った」
と述べている。
 横川中堂に行くことを知ると、大田は途中で引き返し、ビールを飲みながら彼女を待つことにした。
そこは山道の分岐点で、ハイカーや一人旅の女性がよく通る要所だった。大田はそれを知っていたから、
先ほどの女性も帰りにここを通ると踏んでいた。

 横川中堂から、秘宝館へ。ここで女性は30分ほどかけて仏像を見学した。目撃した職員は、
「背が高くて体格がよく、物静かな娘さんでした。髪を後ろできりっとたばねた姿が印象的でした」
と語る。
 帰りぎわ、職員が『ありがとう』と声をかけると、彼女は軽く会釈した。おそらくはアグネス=チャンの
語るように、恥ずかしそうに笑いながら。
 さらに別の職員が、秘宝館の方向から歩いてきて横川中堂側の階段を一人で降りている
女性を目撃。これが生前最後の目撃情報となった。

2時49分発の、横川発最終のバス(当時)に彼女の姿はなかった。乗り遅れたのか、歩きたくて
乗らなかったのかは、分からない。

木製の道標に腰かけていた大田のところに、先ほどの女性が戻ってきた。
大田は女性に、
「三千院に行きたいが、近道はありませんか」
と尋ねられたという。

狙い通りの展開。大田は真意を隠し通したまま、
「私はこの山で仙人のような生活をしていて、近道はよく知っている」と言うと、
先に歩きだした。女性もその後についてくる。
そこは近道などではなく、袋小路の獣道だったのだが……

足元にクマザサが生い茂る、うっそうとした杉木立の中。二人はかき分けるように獣道を
進んだ。日中でもあまり陽がささないうえ、前日に大雨が降り、地面はまだ濡れている。
「何度もつまずき、滑り、木にしがみついた」
と、現場に行った新聞記者は述べている。
被害者女性は、こんな道が近道だと信じて疑わなかったのだろうか。

大田がどのように被害者をついて来させ、
どうやって襲い、
彼女に何をしたか。
次回ではさまざまな説を、可能な限り紹介したい。