3)今月の藤井五冠と…渡辺名人解説が神回だった
 6月にして梅雨明けなど猛暑となる中……藤井五冠にとってタイトル防衛なるかの戦いが始まりました。

<棋聖戦:挑戦者は永瀬拓矢王座>

第1局は永瀬王座の勝利(2回の千日手)、第2局は藤井五冠の勝利で1勝1敗

<王位戦:挑戦者は豊島将之九段>

第1局は豊島九段の勝利

 藤井五冠が黒星スタートになった中で、永瀬王座と豊島九段の“凄み”を感じました。棋聖戦での第1局は千日手(※同一局面が現れた際、指し直しとなる)が、なんと2回も成立。体力勝負で“軍曹”こと永瀬王座が勝利しました。第2局は持ち時間が少ない中、藤井五冠が勝利を手繰り寄せたのもさすがの一言ですが。

 さらに王位戦開幕局、豊島九段は1日目に間髪入れずに藤井五冠に対して仕掛けて持ち時間で差をつけると、翌日はじっくりと時間を使って藤井玉を仕留める。そのタイムマネジメントぶり……2日制の戦い方の巧みさに感服するばかりです。

「おやつに飲み物が多いワケ」を的確解説
 その藤井−豊島戦、ABEMA中継の解説だったのが、なんと渡辺明名人。これがまたキレッキレでした!

 同局での解説は4年ぶり2度目(※2018年の名人戦:佐藤天−羽生以来)らしいのですが……ご本人は覚えていなかったようです(笑)。ただタイトル保持者から語られる経験談と説得力ある言葉には、とてつもない重みを感じました。

 2つほど例を挙げましょう。

 まずは棋聖戦第2局での「おやつ」について。藤井棋聖は「オレンジジュースとアイスティー」、永瀬王座は「アイスコーヒーとアイス抹茶、ホット抹茶」と飲み物ラッシュでした。中継を見ていて「おやつに飲み物多いなあ」と思っていたところ、王位戦解説の際に渡辺名人がこんなニュアンスで話していました。

〈部屋にデザート食べに行くのが(時間を使うのが惜しいという意味で)めんどくさいから、飲み物を多く頼むんですよね〉

 文字にすると、身も蓋もない(笑)。ただたしかに終盤になればなるほど1分1秒でも効率よく時間を使いたい。その一方で水分・糖分補給したいとなれば……という意味で理にかなっているなと。

「研究量、ものすごいですね」「このくらい普通ですよ」
 さらに背筋が凍り付いた(もちろんいい意味で)のは、竹部さゆり女流四段との「研究量」についての掛け合いです。先ほど触れた王位戦第1局、豊島九段の緻密な戦いぶりについて、竹部女流四段が「豊島九段の研究量、ものすごいですね」と話したところ、渡辺名人がスパッと一言。

「このくらいは普通ですよ」

 ……はい、すみませんでした。でも、渡辺名人たちが考えている藤井五冠対策の「普通」レベルとは、僕ら凡人では計り知れないものなのだなあと実感しました。

 もちろん渡辺名人はこれ以外にも「先手番(豊島九段)としては理想的です」など、形勢や対局の展開予想をハッキリと示してくれる(そして実際その通りになる)など、本当に面白かったです。お忙しい時期が続くかと思いますが、対局とともに「渡辺節」を耳にできる機会を心待ちにしたいと思います。

 冒頭で羽生先生の通算勝利数が1500勝に達したことを話題にしました。渡辺名人(712勝/勝率.659)や藤井五冠(270勝/勝率.831)、永瀬王座(437勝/勝率.708)に豊島九段(548勝/勝率675)も1つずつ勝利を積み上げて、どこまでの境地に達するのか――目の前の一局とともに、将来に思いを馳せながら、数々の対局を楽しみたいと思います!<構成/茂野聡士>